地方の「公益」と国の「公益」のせめぎ合い

辺野古移設訴訟への新聞各社の反応は予想どおりだ。

【辺野古移設訴訟 「公益」を考慮した司法判断を】(読売新聞)


http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20151202-OYT1T50180.html

・・・96年の最高裁判決は、米軍用地の使用に関して、政府の幅広い「政策的、技術的な裁量」を認めている。翁長氏が県民の「人権」を強調するなら、普天間飛行場の早期返還を求める宜野湾市民にも配慮すべきではないか。

 疑問なのは、県側が米軍基地建設について、根拠となる国内法がないことを理由に「憲法違反だ」などと主張したことだ。

 日本の安全保障にとって極めて重要な日米同盟を否定している、とも受け取れる内容である。

 そもそも翁長氏が、仲井真弘多前知事が厳密な審査を経て行った埋め立て承認について、「法的瑕疵かしがある」として取り消したことに無理があると言えよう。

・・・・一部引用

【政府と沖縄県 地方自治は存在するか】(朝日新聞)

http://www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_gnavi

政府は、辺野古移設が実現できなければ米国との信頼関係が崩壊しかねないという。ならばなぜ、米国に理解を求めようとしないのか。外交・防衛は国の役割だとしても、県の意思が無視されていいはずがない。

 県は、米軍基地は自治権を直接侵害していると主張する。米軍兵士らによる犯罪や事故、米軍機による騒音被害を引き起こし、日米地位協定による米軍の特権が行政権を妨げる……。

 だからこそ県は、国土面積の0・6%の沖縄に米軍専用施設の73・8%も集中させていながら、「さらに新たな基地を造ることは自治権の侵害で違憲だ」と主張しているのだろう。

 この訴訟は、ひとり沖縄だけの問題ではない。考えの対立する自治体を政府が高圧的に扱えるとすれば、全国の自治体にとっても切実な問題ではないか。

 辺野古移設が問うているのは日本の地方自治、民主主義そのものである。単なる行政手続きの可否を超えた、踏み込んだ判断を司法に求めたい。

・・・・・・・・・・・一部引用
 
 国と地方の「公益」を巡るせめぎ合いだ。

 政府は、「辺野古を認めなければ、世界で一番危険な普天間の固定化に繋がる」と言う。
 世界で一番危険なら、移転先の有無に係らず即刻閉鎖だろう。

 更に、 「県の埋め立て承認は適法であった」とも言う。
 多くの人は知っている。前知事の承認は、選挙で信任が得られれず、本来なら新知事への引継ぎを踏まえた残務整理をするべき時期に行われた事を・・・

 沖縄は国の主張する公益に対して、我慢にがまんを重ねて来た。
 もう限界だと言う気持ちは痛いほど解る。

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