憲法は押し付けられたのか?④(制定までの日米の対応)

 最後に、我が国の憲法研究会草案を土台に出来たGHQ草案がどのように現行憲法になったかを見たい。

 「GHQ草案」が、「日本国憲法」になるまでに、日本側で次のような修正・追加が行なわれた。

 ・国会の構成を「一院制」から「二院制」に。
 ・第1条の「天皇」の条文に「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」との「国民主権」原則を入れる
 ・第15条の「普通選挙権」を規定。
 ・第66条2項に「文民規定」を追加。
 ・第9条2項の「戦力不保持」の冒頭に「前項の目的を達するため」を追加

 以上

また、1947年1月3日「新憲法再検討に関する吉田総理大臣宛のマッカーサ土几帥書簡」によって、憲法の自由選択が正式に示唆された。

 その要旨は、「新憲法実施の経過に照して、一両年中に、これを再検討し、もし必要ならば改正することは全く日本国民の自由であると極東委員会は決定した。従って、さらに必要ならば、日本国民の意思を問うために、国民投票その他の手続をとって然るべきである。つまり、連合国は新憲法が国民の自由なる意思に基いて制定せられた点に、疑惑を残すことを望ましくないと感じているのである。」

 しかし、この提案を日本側は実施しなかった。その理由は諸説あるが、既に第22回の総選挙を完全普通選挙(女性参政権の導入)が行われ、国民主権に基づいた議員が国会に選ばれていた事が大きい。また、世論もこの新しい憲法を歓迎していた。

 確かに、現行憲法は外形的にはGHQ草案を基にして出来ているが、それが日本の民意を完全に無視して押し付けられたものでは無い事もまた事実である。

 自民党は、憲法の理念を後退させる新たな草案を出してきた。そこには、現行憲法が押し付けられモノであると言う被害者意識が色濃く見える。

 その考え方は、終戦直後、この憲法を生み出すために努力して来た研究者や平和条項を提言した幣原等の政治家に対して誠に礼を失したものだ。更に、この憲法を選んだ国民の決断をも無視する事にもなる。

 憲法を変えたいなら、先ずどの条項をどう変えたいかを選挙の争点として挙げなければならない。それを逃げる自公政権に憲法を論じる資格は無い。
 

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